鹿児島地方裁判所 昭和42年(ワ)171号 判決 1969年1月20日
原告 原田道夫
右訴訟代理人弁護士 森兼道
被告 内村喜八
右訴訟代理人弁護士 吉田稜威丸
主文
被告は原告に対し金九六万六、〇〇一円の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告において金二〇万円の担保を供することを条件に仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、主張
(原告の請求の原因)
一、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地と略称する)は、もと被告の所有であったが、昭和一八年中被告の代理人木佐貫熊右衛門が森山兼吉の代理人市来四郎右衛門との間において、これを森山に売り渡す旨の売買契約を締結し、森山は同時に代金を支払うとともに右土地の引渡を受け、昭和二八年一一月一八日までこれを耕作して来た。
二、その後同二八年一一月一八日原告は森山兼吉から本件土地を代金七万二、九一六円で買い受け、即日代金を支払ってその引渡を受け、これを耕作していた。
三、しかしながら本件土地は農地であって、その所有権移転には県知事の許可が必要なのであるが、被告から森山への売渡証書が紛失したこと等のため被告から森山への所有権移転登記がなされず、従って森山から原告への所有権移転登記も未了のままであった。
四、ところが昭和四二年二月一日鹿児島県収用委員会は、起案者を鹿児島県知事とする鹿児島都市計画公園事業のため本件土地を収用する旨裁決し、本件土地の登記簿上の所有名義は鹿児島県へ移転した。そうして右裁決によれば、登記簿上の所有名義人である被告を土地所有者として、本件土地及びその付属物件に対する損失補償として、
(一) 本件土地に対する補償額 金九四万八、四〇六円
(二) 工作物(水溜コンクリート製井筒一個)に対する補償額 金一、三七六円
(三) 立木(松、楠、茶樹等)に対する補償額 金一万七、三九五円
(四) 立毛(かんらん、ほうれん草、かぶ大根等)に対する補償額 金二万〇、〇五七円
合計 金九八万七、四三四円
を補償すべきものとされ、昭和四二年二月一五日被告は右補償金を受領した。
五、以上に述べたところから明らかなとおり、森山兼吉は被告に対し前記売買契約に基づいて、県知事に対する許可申請手続をなし、許可を得たうえ所有権移転登記手続を経由して、森山に完全に本件土地所有権を移転すべきことを求める権利を有し、原告は森山との間の売買契約に基づき、同人に対して同様の権利を有する。ところが被告は森山から右手続をなすべきことを求められながらこれを履行しなかった。そうして右履行のないうちに前記のとおり本件土地は収用されるに至り、そのため被告の森山に対する及び森山の原告に対する各所有権移転義務は、いずれも履行不能となって、森山及び原告は本件土地所有権を取得し得ないこととなり、本件土地の時価相当額の損害を蒙った。従って森山は被告に対し、被告の債務不履行により蒙った右損害を賠償すべきことを求める権利を取得し、原告は森山に対し右と同様の損害賠償請求権を有する。そうして本件土地及び原告が耕作中これに付属せしめた工作物、立木、立毛等の前記収用当時における時価は、収用裁決における損失補償額金九八万七、四三四円であるところ、被告は昭和四二年一〇月二四日原告に対し、前記四(二)及び(四)の工作物及び立毛に対する補償額合計金二万一、四三三円を支払った。そこで原告は森山が無資力でかつ被告に対する損害賠償請求権を行使しようとしないので、森山に対する損害賠償請求権に基づいて同人に代位し、同人の被告に対する前記損害賠償請求権を行使し、被告に対して右損害賠償金残額金九六万六、〇〇一円の支払を求める。
(請求の原因に対する答弁)
被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
一、原告主張一の事実のうち、本件土地がもと被告の所有であったことを認め、その余の事実は否認する。
二、同じく二の事実のうち、原告が本件土地を耕作していたことは認めるが、その余の事実は知らない。
三、同じく三の事実のうち、売渡証書の紛失等のため被告から森山への所有権移転登記ができなかったとの点は否認、その余の事実は知らない。
四、同じく四の事実のうち、原告主張のように本件土地が収用されたこと、及び本件土地の登記簿上の所有名義が鹿児島県へ移転したこと、被告が鹿児島県から原告主張の損失補償金を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。
五、同じく五の事実のうち、被告が原告主張の金額をその主張の日時に支払ったことは認めるが、その余の事実は否認する。
第三、立証≪省略≫
理由
一、原告主張一ないし三の事実のうち、本件土地がもと被告の所有であったことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち昭和一八、九年頃被告の実父であり、当時郷里を離れている被告から本件土地を含め財産一切の管理、処分を委ねられていた木佐貫熊右衛門は、被告を代理して森山兼吉の代理人である市来四郎右衛門との間において、本件土地を森山に売り渡す旨の売買契約を締結し、代金の支払を受けるとともに直ちにこれを買主側に引渡した。しかし登記手続については、買主側で再三これを経由しようとしたのであるが、書類の不備等のため登記できないままとなっていた。
その後昭和二八年一一月一八日原告は森山兼吉から本件土地を代金七万二、九一六円で買い受け、代金全額を支払ってその引渡を受けた。そうして鹿児島県知事に対し原告及び森山名義で農地法第三条の規定による許可申請手続をとったところ、登記簿上の所有名義人が被告であったため許可がおりず、その後再三森山に善処分を求めたが遂に解決できなかった。
以上の事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫
二、同四の事実のうち、昭和四二年二月一日原告主張のように本件土地を収用する旨の裁決があって本件土地所有権は鹿児島県に移転し、その旨の登記がなされたこと、被告が鹿児島県からその損失補償金として、原告主張の金額をその主張の日時に支払を受けたことは、当事者間に争がない。
三、右事実によって考えるのに、森山兼吉は原告に対し昭和二八年一一月一八日締結した本件土地売買契約に基づいて、直ちに鹿児島県知事に対し農地法第三条の規定による許可の申請手続をなし、右許可を得たうえ原告への所有権移転登記手続をなすべき義務を負っていたにも拘らずこれを怠っているうち、本件土地の収用によって右債務は履行不能となったものというべきであり、このような場合右履行不能もまた同人の責に帰すべきものと解するのを相当とする。もちろん原告と森山との間の本件土地売買契約は、県知事の許可を法定条件としてその効力を生ずるものではあるが、売主である森山は右売買契約の効果として県知事への許可申請手続をなすべき義務を負っているのであり、県知事の許可があった場合に有効に本件土地所有権を取得すべき買主の期待権は、当然法律上の保護を受くべきものである。従っていわゆる法定条件は民法第一二七条以下にいわゆる条件とはその意義を異にするけれども、売主がその責に帰すべき事由により買主の右期待権を侵害した場合には、条件付権利の侵害の場合に関する民法第一二八条を類推適用し、売主において買主がこれによって蒙った損害を賠償すべき義務あるものと解するのを相当とする。
そこで前記履行不能により原告の蒙った損害の額について判断するのに、≪証拠省略≫によれば、原告方では妻ヒデ子及び母スカが主として農業に従事しており、本件土地も買受後主として右両名がこれを耕作していたこと、耕作面積は自作地、借入地を合わせて畑五反六畝余であること、本件土地についての県知事への許可申請書類が所轄農業委員会から返戻されたのは、専ら前記のとおり登記名義人が森山でないことを理由としていたこと等の事実が認められる。従ってもし本件土地が森山の所有名義であったならば、県知事は前記売買につき許可をしたものと推認されるから、原告の蒙った損害額は、履行不能となった当時における本件土地の時価相当額と考えられる収用についての補償額金九六万六、〇〇一円(地上立木に対する補償額を含む)であると解するのを相当とする。
四、ところで被告は前述したところから明らかなとおり、森山との間の前記本件土地売買契約により、森山に対し直ちに所有権移転登記手続をして、本件土地所有権を完全に移転すべき義務を負っていた訳であるが、これを遅滞しているうちに土地収用のため右債務は履行不能となったものであり、従って同じく森山に対し同人がこれによって蒙った損害を賠償すべき義務あるものといわなければならず、また右損害額も前記金額と同一と解すべきである。
五、そうして証人森山兼吉の証言(第二回)によれば、同人は無資力であることが認められるから、原告において森山に対する前記履行不能に基づく損害賠償請求権を保全するため、同人に代位して被告に対し、前記損害賠償金九六万六、〇〇一円の支払を求める本訴請求は、その理由があるから正当としてこれを認容すべきである。よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三)
<以下省略>